FC2ブログ
line-s
--.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

line-s
02.18
毎日新聞1月1日付朝刊  連載のタイトルは

フランス中部の村  ナチの虐殺に同胞協力


フランスとドイツの国境に位置するアルザス・ロレーヌ地方、
その主権を巡ってフランスとドイツが争ってきたことは、歴史でも学んだ。
鉱物資源の産地だからだ。 以下、記事の抜粋。

オラドゥール(仏中部)宮川裕章記者、グランゼー(独東部)篠田航一記者

************************************************

今から69年前の1944年6月10日、ハインツ・バート中尉率いる
ナチス親衛隊120人がフランス中部オラドゥール村を襲撃。住民全人口に
近い642人を虐殺。生存者は6人。

理由は、ドイツ側資料によると、村民が武器を隠しているとの誤情報。

廃墟はフランス政府がそのまま史料として残すことを決定。
現在もがれきがそのまま残っている。

そして、その部隊の中に、当時ドイツ領アルザス地方出身の
「マルグレ・ヌ」(自らの意思に反して)と呼ばれる
ナチスに強制徴用されたフランス人が13人いたのだ。

1953年、13人は有罪判決の後、恩赦で釈放されたことで、禍根を残す。

和解の象徴としてアルザス、ストラスブール市から贈られた彫像が
破壊されたり、他方、生存者の一人エブラス氏が自らの書物の中で、
13人が強制徴用であることを疑うような表現をしたため、
アルザス住民が訴訟を起こしたり。

そんな中、互の首長の相互訪問など、地域間の交流を続けてきた。

たとへば、1999年オラドゥール村にできた虐殺記念館を訪れる
年間15万人以上の来館者のうちドイツ人は500~1000人と少ない。
事件の風化を防ぐため、記念館では約5年前から、ドイツの中高生を
招く事業を始めた。

フランスとドイツの和解1-2に続く


***************************************************

フランス、ドイツによるアルザス・ロレーヌ争奪戦はすさまじい。

友人の話では、ストラスブールのクリスマス市は、まさにドイツのクリスマス市
なのだという。そのような地方に生まれること自体、困難な状況にさらされることを
意味する。

スポンサーサイト

トラックバックURL
http://tilleulenspiegel.blog.fc2.com/tb.php/6-b1038c85
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。