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02.17
福島第1原発事故についての事故調は全部で4つあるとのこと。

1.東電によるもの
2.民間によるもの
3.国会によるもの
4.政府によるもの

畑村氏は、講演後、司会者から次のように質問された。

「国会事故調は、この事故を自然災害ではなく、人災と結論づけて
います。(畑村)委員長は、複合災害、リスク要因の見直しと捉えて
いますが、捉え方が違うということですか?」

それに対し、畑村氏は次のように答えている。
(少し省略しながらになります。太字で強調しています。)

「要するに、という要するには必要ないんです。
人災と言った時に、誰が?何が?という方向に結びつけたくなる。
責任追及の方向に行きたくなる。それに関与した人々の責任に
帰着させて、わかったような気になってしまって、
それ以上、考えなくなってしまう。そういう欠点があるように、
私には見えます。

そうではなくて、どういう状況で、人はどんな判断をするか。
そして、その判断がどんな結果になるのか、というのを見るのが
大事であって、誰が悪い、何がおかしいということで、
やっていたのでは、これから得られた知見を将来に活かすことが
できないと、考えます。

責任追及を目的としない、と一番始めに言ったのは、
責任追及を目的にすると、真実を語ってもらえないから、ではなく、
もっと深く、真実を語ってもらうためではなく、
始めから誰かの責任だと持っていこうとする方向で全体の論理を
作っていくと、本当に学ぶべきものを学ばなくなってしまうと思う。


レッテルを貼るというやり方は解りやすいが、非常に大きなものが
欠落したまま、何かの考えを作っていって、最後にその欠落した部分の
ために、また別の災害なりなんなりが起こる準備をしてしまうことに
なってしまうのではないか、と考えます。」


この後、畑村氏は、組織事故という考え方が20年程
以前からあることを紹介し、意義深い説明をしている。

「誰かのせいというのではなくて、組織全体が何かの考えでやっていくうちに、
どの人がそこの位置に行っても、そういう判断・行動になっていくだろう、
簡単に言うと、そういう考え方です。今回の事故にも、相当に、組織事故
という考え方を持ってこないと、また別の形で似たようなシナリオの事故を
起こしてしまうのではないか、と思います。
それで、私たちの政府事故調では、人災と言う言葉は使いませんでした。」

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過酷な事故から、学ぶべきものを学べるように。

「要するに」は要らない。レッテルも要らない。

わかったような気にならない。


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