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03.04
毎日新聞1月4日付朝刊  連載のタイトルは

「ナチス協力政権」崩壊から69年


一昨年夏、フランス映画『黄色い星の子供たち』
原題 La Rafle (一斉検挙) を見た。黄色い星とはユダヤ人である
ことを示す星型の布で、中に Juif と書いてある。

ユダヤ人迫害に触れた映画は少なくなく(『シンドラーのリスト』など
は有名だろう)、既視感があると誤解されたからだろうか。
観客は少なかった。

けれど、この映画は既視感があるはずのない映画だった。というのも
ドイツ人のユダヤ人迫害ではなく、フランス人のユダヤ人迫害を
描いた初めての映画だったのだから。(ドキュメンタリーを除く)

手元にあるパンフレットの渡辺和行氏(奈良女子大学文学部教授)の
『ヴェル・ディヴ事件とフランス』から抜粋。


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「ユダヤ人迫害の日」として知られる7月16日は、記憶し続けなければ
ならない記念日である。この記念日は1993年1月にフランスで制定された。
1995年7月16日、ジャック・シラク大統領はヴェル・ディヴ(冬季競輪場)
があった場所で、第二次世界大戦中のユダヤ人追放に関して、
「国家によって犯された過ちを承認すること」を求め、
「時効のない負債」について語った。

大統領は、

「占領軍の犯罪的な狂気じみた行為は、フランス人によって、
フランス国家によって後押しされたのです。啓蒙の祖国、人権の祖国、
歓待と避難所の国であるフランスは、その頃取り返しのつかないことを
していたのです。フランスは約束を破って、保護を受ける人を
死刑執行人に引渡しました」

と演説して国家の責任に触れた。

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このフランス国家が、第一次世界大戦の英雄フィリップ・ペタン元帥が
率いる通称「ビシー政権」だった。

アルザス・ロレーヌ地方が「ドイツ編入地域」、パリなど北部が
「ドイツ占領地域」となっていたフランスでは、中部ビシー市に設置された
政権が、ドイツに協力しながら南部の「自由地域」を統治した。
だが、ナチスに加担した不名誉な歴史から、ビシー市には当時を記録する
資料館も記念施設もない、という。

以下、記事の抜粋。宮川裕章記者。


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昨年10月、ビシーを巡る一本の法案が国民議会(下院)に提出された。
起草者は地元選出のジェラール・シャラス下院議員(68)。
「ビシ-政権」の通称を公的文書で「ペタン独裁」に
改めることなどを求める内容。

「ビシーのイメージが悪化し、観光産業などが経済的損失を被ることを
防ぎたい」と法案の意図を語る。


クリストフ・ポレム市議(48)は「ビシー」の名の不公正な使用を
インターネットでチェックする。サルコジ前大統領が
「ビシーがフランスを辱め、裏切った」と演説したことに
抗議したこともある。

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シラク大統領の表明にもかかわらず、フランス国家の犯罪がビシー政権の
犯罪に狭められ、その負い目をビシー市が今も拭えないでいる。


記事は、当時の政権に関する博物館の建設の是非を巡っても、
「ビシー」と「ビシー政権」の混同をなくし、国と共同で
博物館や資料館を作り、当時の研究の中心地になるべきだと
前向きに主張する人々がいる一方、市長が
「過去より未来に目を向けるべきだ」との立場で態度を保留中、と報告。

また、市民があまりにも町の歴史を語らないことに危機感を持った
ビシー在住の映画監督ベルトラン・ドゥソリエさん(58)と
ポール・ミュクセルさん(42)は市民や歴史家など50人以上の証言を集め
『フィリップ・ペタン』(2010年)など2本のドキュメンタリーを製作。

「これからも歴史と記憶の関わり、変化をテーマに町を見守りたい」と語って
いるという。


『黄色い星の子供たち』は元ジャーナリストでドキュメンタリー作家の
ローズ・ポッシュ監督がやはり多くの証言をもとに製作した映画だ。

パンフレットの冒頭 Introduction から抜粋。

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なぜ今、ユダヤ人の一斉検挙を描くのか?  知られざる歴史の真実を暴く
ことが、第一の目的である。いつの時代も、未来の幸せをかなえようとする時、
必要なのは過去の過ちを知ることだ。だが、それだけではない。
もっとシンプルな情熱が、ポッシュ監督を駆り立てた。

「非業の死を遂げた人々と子供たちに、もう一度生命を与えたい」という
祈りにも似た想いだ。

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次回、フランスとドイツの和解3付録において、
フランスのユダヤ人迫害略史を掲載する。









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