FC2ブログ
line-s
--.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

line-s
12.30
ひとそれぞれに今という時を捉え、声にできるんだなと思う。

0円ショップについてここしばらく考えてる自分。
小出裕章氏の最近の講演を youtube で聞いて、改めて原発に
ついて考えてる自分。
結果的に、憲法改正を信任したことになったと聞いてたじろいで
いる自分。自民党改正案では、基本的人権は削除、となって
いることに驚愕・憤慨・落胆を隠せない自分。

ジュリーは、憲法9条をこんな風に歌っていることを
改めて思い出して、元気づけられた。


スポンサーサイト
line-s
12.29
バレエが好きでよく youtube で全幕物を観る。
このところ何年も繰り返し観るのは、パリ・オペラ座のバレエ。
中でも、イザベル・ゲランの『バヤデール』を観ている。

昔の切り抜きが出てきて、イザベル・ゲランを観始めたのは、
ひょっとしてこの切り抜きのせいだったのだろうか、と振り返った。

当時、毎日新聞、専門編集委員の梅津時比古氏のコラム
「音のかなたへ」から。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

パリ・オペラ座のエトワールだったイザベル・ゲランの踊りは、
音と体が融けあって、やわらかくはじける光のようだった。

著名なバレエダンサーでも、踊りと音楽が合わないことは
いくらでもある。音楽的観点から考えると驚くべきことだが、
ジャンプや回転で観客を魅了するためになら、音楽を
ねじ曲げることも多い。

だがゲランの踊りは違った。『ライモンダ』でも、『ミラージュ』でも、
ひとつひとつの動きや流れをリズム、テンポ、旋律と見事に
合わせ、巧みに計ったジャンプで音楽の拍と着地がきれいに
一致する。

その瞬間、なぜか透明な雨にさわったような気持ちがした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

透明な雨にさわったような気持ち、というのは、はっきりとは
分からない。

けれど、ゲランの踊りは観始めたら辞めることができず、
呼吸をあわせるように見てしまう。私は特に、『バヤデール』が好きだ。
愛、憎しみ、嫉妬、裏切り、後悔、こんな感情が渦をなすバレエが
『バヤデール』で、この渦の中心でソロルをひたすら想うニキヤという
踊り子(バヤデール)。ゲランのニキヤは清楚という日本語そのものだ。

これが、透明な雨にさわったような気持ち、ということなのかな、とも
思う。

ゲランは、エトワールを引退した後、ほとんど表舞台に出ることは
なかったようだ。惜しいけれども、そんな生き方も、彼女の踊りに
相応しいような気がする。
line-s
12.29
一人一票実現国民会議の運動もあってのことだと思う。
山本最高裁判事に対する不信任はやはり一番少なかった。
しかし、ひと桁台の投票だったことを考えると、まだまだだ、と
いう気持ちを強く持つ。

それに対し、沖縄の国民審査は、軒並み17%台で、本土の
2倍以上だ。全く意識が違うのだな、という実感を強く持った。

これからも、サポーターとして、できることは何かを考えて
いきたいと思う。
line-s
12.17
最新号の The Big Issue 日本版に紹介されていたのが
タイトルの 0円ショップ - Schenkladen だ。

schenken は「贈る」の意味。laden は shop の意味。

今ドイツには、商品が無料のもはやショップではないショップ、
Schenkladen という無料ショップ ( Umsonstladen ) が
60軒以上あるという。umsonst は無料の意味。

家賃は、大家さんの好意で無料。週3日、午後3時間だけの
開店で、スタッフは全員ボランティア。

不要になった物を持ち込めて、必要なものをいただく。
ただしこれは物々交換ではない。

キャリーバッグ、リュックサック、大きいバッグを持ってお店に
来てはダメ。一人につき一日5品までいただいてOK。
このルールを守らなくてはならない。

たとへばということで紹介されているのが、ベルリンの
旧東ドイツ地区フリードリヒスハイン地区の『システムエラー』と
いう Schenkladen に置かれたパン。

ドイツ ( Deutschland ) はパンの国 ( Brotland ) と呼ばれるほど
美味しいパンは、賞味期限が切れていないのに、一日で商品価値
を失うため、捨てるしかなくなる。そこで、パン屋からもらってきて
この店においてある。

お店のスタッフに話を聞くと、お客はあまりお金を持っていない
人がほとんど。しかし、このお店の目的はチャリティーではない。
では一体目的は何かというと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「システムエラー」という名が示す通り、消費社会のシステムの
欠陥に対するアイロニーを込めた、非常に政治的な活動として
始まった。しかし、この活動にエコロジー的な意味を見出して
参加する人もいれば、相互支援という社会的側面を支持する人も
いるという。の3つの要素が合わさった<政治プロジェクト>を
標榜している。

  中略

運営はすべて寄付による。ゴッドファーザーと呼ばれる寄付者の
数は現在、114人。彼らによる寄付金総額は、
一ヶ月平均 Euro 564 。 このほか店舗内に置かれた募金箱には
月平均 Euro 58 が集まる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分を振り返っても、昔、不要品をネットの「差し上げます」コーナーで
譲っていたのに、今、ヤフオクで売ってという考え方に変わっている。
生活が苦しいあまり、余裕を失い、飲み込まれているのを感じる。

夕方に撮った写真だろう。暖かく照らされた店内で仕事らしい仕事のない
スタッフがコーヒーを沸かしたり、常連客と話し込んだり、という文章を
読むと、入って見たい気持ちが沸き起こってくる。

ページをめくると、東京・世田谷区で月2回開催される
0円のフリーマーケット「くるくるひろば」が紹介されていた。

「お金に依存しない小さなネットワーク」

ほっとすると同時に、何か行動を起こさなければ、と思う記事だ。






line-s
12.13
その後も、一票の較差のことが気になっている。

昨年11月20日の最高裁判所による大法廷判決以降、年末にかけ、次々と
2013年7月の参議院選挙の無効を求めた訴訟の高等裁判所判決が
出ていたようだ。

そのトップを切って出た、11月28日の広島高等裁判所・岡山支部の
判決が、「違憲で無効」という判決だったということで、
この時の升永弁護士グループの会見を youtube で見ることができた。

升永氏は、非常に満足であり、裁判長の裁定を高く評価していた。

しかし、15件の訴訟の内、やはり山口弁護士の危惧したとおり、
12件は、「違憲状態」だった。

山口弁護士グループの会見も youtube で見た。会見の場で再度、
何の証拠もないが、と断った上で、最高裁の「違憲状態」判決が
作用したのではないか、と語っていた。
そして、残りの、大阪・東京高裁での判決が「違憲」であったことを
評価していた。
年末の12月25日のことであったが、山口氏はできれば、年内に
上告書を書きたいと語った。使命感を感じた。

この参議院選挙の無効を求める訴訟の最高裁判決は、今年2014年の
夏ころになるということである。

選挙権を得て35年間、選挙の折、最高裁判所判事を承認するか否かの
用紙を手にして、判断基準もなく、何も考えることのなかった自分を
反省している。

今回のことで、15人の最高裁判事全員の名前と出身地、指名した内閣を
調べた。先に引用した、『世界』2月号 
【「政治のヤブ」からの退却-高見勝利】において、高見氏は、
多数意見に対する反対意見を述べた3人の裁判官の名を挙げ、
それぞれの反対意見を報告している。

youtube の会見においても、1人の裁判官の名が出ていた。

私はこれらをたよりに、次の選挙では、承認するかどうか判断したい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先月26日に昨年7月の参院選の違憲訴訟への大法廷判決が
出され、鬼丸最高裁判事と、山本最高裁判事が、一人一票を
述べられ、その結果、明日の国民審査を迎えることになった。


line-s
12.13
てまえみそだが、今年2月4日付けのブログの記事、
一票の較差について、再度掲載したいと思う。

ようやく、一人一票実現国民会議のサイトに訪れる人も増え、
升永弁護士、山口弁護士らが中心となって起こされている
違憲訴訟への関心も高まってきた気がする。

明日の選挙&審査を目前に控え、改めてこの問題を考えるためにも。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一票の較差という問題があることは、漠然と知っていた。
が、それがこんなに重い問題だとは認識できていなかった。

『世界』2月号の中の【「政治のヤブ」からの脱却-高見勝利】という
寄稿を詳しく読んでみた。法律については全く知らないから、何度も
繰り返し読んだ。

2012年12月暮れの総選挙で安倍政権が誕生したわけだが、この
総選挙の区割り規定が違憲であるという訴訟が17件各地の高裁に
起こされ、2013年春、その内15件で「違憲」判決が出ており、
最高裁に上告されて、その大法廷判決が昨年11月20日に出たことの
報告なのだった。

(国民の42%が300議席の過半数である151議席を選んでいる状況)

端的に言って、最高裁は、「違憲」とはせず、「違憲状態」と
したということである。
なるほど、法律の世界では、「違憲」と「違憲状態」とは違うよう
なのである。

その説明が、高見氏のまとめによれば、「合理的期間内」における
立法府(国会)の裁量とその統制基準、ということらしい。

どういうことかというと、2009年8月の総選挙の区割りを
「違憲状態」とし、問題となっている一人別枠方式の廃止を
求める最高裁の大法廷判決が2011年3月23日にすでに
出ていた。

(2011年3月23日と言えば、3月11日に東北大震災が起こって、
福島の原発事故があり、日本は騒然としていたころだ。)

そこから数えて2012年12月までの1年9ヶ月を「合理的期間」とし、
その間に国会が、一票の較差を是正できなかったことに対し、
「広範な裁量権」を認め、「違憲」とはしなかった、
ということらしい。

youtube で「一票の較差」で検索してみた。

https://www.youtube.com/watch?v=55EGsgnnVvo
https://www.youtube.com/watch?v=mTUrYSlA_ao

2つとも、大法廷判決当日の訴訟を起こした弁護士団の
記者会見で、弁護士の方々の残念さが伝わってくる。

安倍政権は、憲法に反する選挙で選ばれた議員によって
作られた政権であり、違憲であり、本来あってはならないことだ、
と升永英俊弁護士は、はっきり述べている。

なぜなら、国会議員は主権者ではなく。主権者は国民だから。

どこに住んでいるかにかかわらず、1人が等しく1票を投じる選挙に
おいて、初めて、正当な過半数の国民に選択された政権となる、
かいつまんで説明するとこういうことでしょうか。

それで、升永英俊弁護士のブログに行ってみた。
そこには、日本地図があり、参議院は鳥取を1とした時に、
自分の住まいでの1票は何票になるのか、
衆議院では、高知を1とした時に、何票になるのか、が
解るようになっている。

私の1票(兵庫県)は、参議院で0.21票。衆議院で 0.55票である。

今まで、漠然と、あると感じていた一票の較差だが、
高見氏の文章で学び、升永氏のHPで学び、youtube で学ぶと、
主権者であって、税金を支払っている自分の1票のあまりの軽さに、
初めて憤りを覚えた。

山口弁護士は、11月20日という大法廷判決の日付に、それ以降
次々と判決がくだされるはずの、2013年7月の参議院選挙の
「違憲」訴訟への影響について、懸念を述べている。

また、高見氏は、このように先の寄稿を締めくくっている。

「本判決は、国会で特定秘密保護法案の衆院審議が山場を迎えて
いたときに下された。その判断が「違憲」ではなく、上記・広範
な立法裁量付きの「違憲状態」にとどまったことで、最高裁に
よる前者の厳しい判断を覚悟していた国会議員の緊張が
一挙に緩み、その後、同法案の会期内成立に向けた巨大与党の
暴走に一役買ったように思う。

<制約から解き放たれた権力は、それを保持する人々の心を腐敗
させる>(ウィリアム[大]ピット1770年1月9日英貴院)のは
世の常である。政治の文脈からみると、本判決は、国会議員に
対する憲法上の制約を大幅に緩和する役割を演じてしまったことは
否定できない。」

弁護士の方々が述べているように、司法の最高機関である最高裁が
立法府(国会)に対し、萎縮しているとしたら、国民の権利は誰が、
何が守ってくれるのだろう。

多くの人に、升永英俊氏のブログに行ってみてほしい。
一票の較差のことを考えてみよう。



line-s
12.10
いつだったか、昨年11月の早稲田大学講堂での小沢一郎氏の講演を
youtube で見て、聞いて、小沢氏に共感を覚えた。
ネット上では、陸山会事件は検察の犯罪とも呼べるものだ、と
多くの動画で語られていた。

プライベート上の忙しさに追われ、それらの事実?情報に
触れ始めたのは、ようやく、今年のお正月をすぎたくらいから。
遅かった。家族の不幸もあって、その忙しさの中でもNHKはずっと
見ていたのに、気づいたら秘密保護法が成立していた。
NHKが何も報道していなかったことに初めて気づいた。

テレビが、新聞が、マスコミが偽りばかりを流布させていることに
気付き始めた。

ネット上で探すと、小沢氏と堀教授のトークがあって、
目を覚まさせられた。
熊取の小出氏を訪問し、原発について勉強している動画もあった。
脱原発を決めたドイツへ見学に言った、と語り、
率直に小出氏に質問する姿を見た。
定例の生活の党の記者会見。
記者クラブでの講演。長い議員生活。今願っていることは、何かと
いう質問を受け、いつもの信念を語っていた。
心を打たれた。

話の中で特徴的なのは、非常に多くの本を読まれていて、
引用してくださるので、聴衆の一人としてとても勉強になることだ。
そして論理的だから、解りやすいこと。

本当の民主主義がよちよちながらもこの国で育つのを見たい。
この信念で政治活動をしている小沢氏と生活の党を支持します。

line-s
12.06
衆議院選挙が来週に迫った。
再度、国民審査についてここでアナウンスしたいと思う。

切り抜きを持って投票所に行けるので、是非、間違えない
ためにも、切り抜き審査をしよう。○をつけては無効となって
しまうので、くれぐれも○をつけないで。そう バッテン ☓ を
つけよう。

これは 都会 VS  田舎 の対立ではない。北海道も、
札幌市の1区で、参議院で 0,21票、衆議院で0.48票しか
ないのだから。

Videonewscom で憲法学者木村草太氏も、

「国会議員とは、一地方の代表ではなく、一地方のためだけに
政治を行ってはならず、国全体のために政治を行わなくては
ならない」

と語っていたが、それが今はまだ達成されていないから
こそ、本当の民主主義を実現するためにも、遠い遠い道のり
だろうけれども、その第一歩であるはずの、一人一票でなくては
ならないと思う。

切り抜き審査で、バッテン ☓ をつけよう。

一人一票実現国民会議・国民審査
line-s
12.06
ある時、ふと、ZDFのサイトでクリックしたドラマが、
『Dr. Klein』 ドクター・クライン だった。
一度目はドイツ語字幕付きで見れるとはわからず、なしで見た。
やはり、かなりドイツ語が早くて、探したら、字幕がついていた。

試しに見るかたは、UT をクリックして欲しい。
UT=Untertitel
オフィシャルサイトは末尾の URL をクリック。


初めて見たのは第5話で、主人公の小児科医 ヴァレリー・クラインが
診察した少年の叔父、かつてのボーイフレンドと再会し、家族との
時間を割いて、かつてボーイフレンドと楽しんだダンスをしに
いく。ボーイフレンドは、ヴァレリーが既婚者で子供も2人いると
知ってはいるのだが、心のどこかに自分が存在する場所が
あるなら、とアプローチしてくる。
ある日、ヴァレリーの赤い小さな(klein)車に赤い薔薇の花びらが
車が見えないほどプレゼントされていて。。。。つづく。

このドラマの魅力は、何と言っても、主人公ヴァリーを
演じている Christine Urspruch クリスティーネ・ウアシュプルフ
の人間的魅力、女性的魅力、そして声だな、と思う。

オフィシャルサイトで初めて正確に知ったのだが、正確な身長は132cm。
小人症の女性だ。第5話に登場する昔のボーイフレンドはさらに
小さい。2人は、ドイツ語で Zwerg 、英語では dwarf 。
ちなみに『白雪姫と7人のこびと』は、ドイツ語では、
" Schneewittchen und 7 Zwerge " という。

ヴァレリーは、ローゼンシュタイン病院の医長 Oberärztin で、
それをよく思わない ドクター・ラング ( lang=長い)から、
事あるごとに、" Zwerg " と言われる。しかし、実力もあり、
誇り高い彼女は、全く動じることなく、医長として生き生きと
働いている。その姿が頼もしく、美しい。

10月から始まって、現在進行中のドラマだから、現在
第8話になる。
例へば、第3話。これはかなりハードなストーリーだった。

ある日、妊娠7ヶ月の女性が初めて、ローゼンシュタイン病院を
受診。素敵な分娩室を紹介され、出産を心待ちに。だが、
告げられたのは、胎児が小人症として生まれてくるという事実。
ショックのあまり、妊婦は、たまたま出くわしたヴァレリーを
見ただけで、気絶してしまう。そして、絶対に産まないと
7ヶ月での堕胎を希望する。

胎児と自分とを切り離して考えられないヴァレリーは妊婦を
説得するが失敗。ドクター・ラングは妊婦の希望をかなえるべきと
積極的に行動する。苦しむヴァレリーが帰宅すると、娘のパムが、
家族が計画したギムナジウムの生徒を招待してのパーティを
絶対いやだと拒否。その理由は、小さなお母さんを見られたくない、
というのだった。

初めて、ヴァレリーが泣くのを見た。 この苦しみをどうやって
乗り越えるのかな。人事ではない苦しみだ。

一人でブランコに乗って泣いていたヴァレリーのところに
息子のマックス(7才くらい?)がやってきて言う。
「ぼくは大きくならないよ。そうしたら、ママ、寂しくないでしょ。」
これで乗り越えられないわけがない。

7ヶ月の妊婦の手術の日を迎え、着々と準備が進む手術室。
「執刀はあなたなの?」という彼女の質問に、「ええ。」と
きっぱりと答えるドクター・クライン。注射を打とうとした時
「やめて」と妊婦が叫んで、胎児の命が救われる。

このラストシーンのちょっと前に、ヴァレリーが、今は認知症で
苦しむかつて医師であった父に、自分が生まれるときのことを
初めて聞くシーンがあって。そこで、父が、ヴァレリーに、
「客観的にならなければならない」と、諭す。
「おまえが生まれたとき、家族は本当に大変だった」と話す。

父は認知症。夫は売れない本を書く哲学者。パムは思春期。
病院長はホモセクシュアル。看護師長の子は父との子?という
疑惑。病院の同僚の他の医者にも様々な事情がある模様。

赤い小さな車に乗って颯爽とした姿。意地悪するドクター・ラングに
仕返しを忘れない自己主張力。そしておしゃれ。
見ていると本当に元気が出てくる。


Dr. Klein
line
back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。