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08.31
欠かさず聞いているラジオ番組の一つが『報道するラジオ』だ。

その最新の8月29日付け放送では、ピースおおさか、という名称の
大阪国際平和センターが、この度、展示を大きく変えることになったこと、
どのように変えるのか、など、館長へのインタビューを中心に
プログラムが組まれていた。

平たく言えば、政府の方針に則って、加害者としての日本の展示をなくし、
すなわち、南京大虐殺の展示はなくすというものだった。
そして、よりグローバルな視点に立っての展示だという。
一体なにを展示するのだろう。

ドイツを学ぶものとして、ドレスデンの戦略爆撃、すなわち絨毯爆撃は
ドイツのイギリスに与えた戦略爆撃の報復であることは知っていたが、
大阪を始めとする都市の、東京も経験した大空襲、すなわち戦略爆撃は、
日本が中国の重慶市に行った戦略爆撃の結果であること、
そもそも、戦略爆撃という無差別爆撃をこの世で初めて行ったのが、
日本軍のこの重慶市にたいする爆撃だったことを、このラジオ番組を
聞いて、恥ずかしながら、初めて知ったのだった。
この爆撃を、ドイツも、イギリスも、アメリカも参考にしたのだという。

私たち日本人は、あまりに自国の歴史を知らなさすぎるのではないだろうか。

敗戦の日以降、NHKのサイトで、『太平洋戦争』シリーズをずっと見ていた。
特に、第4回の「インパール作戦」は
第31回(1993年度)ギャラクシー賞(テレビ部門)奨励賞を受賞というほどの
番組ということだ。第1回~6回まで、すべてNHKのサイトで見ることができる。

これらの事実をまず知ることから始めなくては。

http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/bangumi/movie.cgi?das_id=D0001200002_00000


『兵士たちの証言』これは、放送中に見て、覚えているところもあるが、
忘れているところもある。 悲しいことに、忘れてしまうのだ。
だから、繰り返し見る必要がある。
こちらも、貴重な証言だ。これらが
ネット上で見られなくなる日が来ないことを祈る気持ちだ。
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08.19
「憲法9条にノーベル平和賞を」のサイトに、中国版サイトが
立ち上がった。 遅まきながら確認。

8月15日の敗戦の日の夜、ケーブルテレビで、昔NHKで放送された
「太平洋戦争」というヴィデオを見た。

当時の政府・軍首脳部が、不可侵条約を結んでいたソ連に対し、
連合国との仲介を取り持って欲しいという甘い期待を捨てることができず、
ずらずらと終戦を引き伸ばしていったという事態が描かれていた。
1945年の2月には、ヤルタ会談で、ソ連・スターリンは、ドイツ降伏の
3ヶ月後に、日本に参戦すると約束していたとのこと。
当時ソ連大使だった佐藤氏が、政府・軍首脳部を批判する言葉もあった。


翌16日、用事で梅田まで行ったので、茶屋町の丸善・ジュンク堂書店へ。
孫崎享氏の「戦後史の正体」、前泊博盛氏の「日米地位協定入門」と並んで、
吉田敏浩氏、新原昭治氏、末浪靖司氏の
「検証・法治国家崩壊-砂川裁判と日米密約交渉」を発見。

在日米軍を合憲とした、1959年12月16日の最高裁大法廷判決に至る
までの日米関係を検証した本。
当時の最高裁長官、田中耕太郎氏の名は、孫崎享氏・前泊氏の著作で
知っていたが、2008年に、アメリカの解禁秘密文書から発見した
文書による検証とのこと。読むのが怖ろしい気もする。

なお、前後するが、14日付けの東京新聞一面は、
ポツダム宣言にサインした重光葵外相が、1944年の5月という早い時期に
先にも述べた、「ソ連仲介構想」を持ち、中国との戦争終結を目指していた
ことを明らかにする史料(公電)が、発見されたというものだった。

当時モスクワの日本大使館で勤務し、戦後駐米大使を務めた
故武内龍次氏が保管していたとのこと。表紙には「外機密」「非常焼却」と
赤字で書かれており、本来焼かれるはずのものを、遺族が初めて公開。
公電205通の内、122通が新史料。

東京新聞の解説によると、

新たに見つかった戦時中の外務省とモスクワの日本大使館との間で
交わされた膨大な枚数の外交秘密公電は、日本が自ら始めた戦争から
抜け出すことが出来ず、国内外に多くの犠牲者を出した悲しい悲劇の歴史を
解き明かす重要な史料になる。

15日夜にみたヴィデオにも、「戦争は始めるよりも終えることが難しい」との
言葉があったことを思い出す。同じくこのヴィデオで、聞いた以下の数字を、
全く自国の現代史を学ぶことなく現在に至った自分を恥じながら、
書き記したいと思う。

日中戦争・太平洋戦争で、亡くなった、日本兵士の数260万人
(6割が餓死によるものという)。

そして、アジア諸国の人々1500万人。

その後、読んだ新聞記事には、アジア諸国の人々2000万人という
数字もあった。

どんなに謝罪しても、謝罪しきれない罪深さを改めて思う敗戦の日だった。



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08.19
昨日8月19日に、西宮市教育委員会の主催で、タイトルの講演会が
開催された。

冒頭、舞台に年輩の男性数十人が並んだので、少し驚いた。
市民シニアの合唱団の演奏ということで、ああ、こういう活動もあるの
だなと、いいなあと思った。

湯浅誠氏は、かつて、反貧困ネットワーク事務局長であり、
このブログの一番最初の記事

「もう一人を一票に!」
「いかに一人一人を投票へと促すことが難しいか」

という言葉を記した人だ。だからこそだろう、この講演の冒頭で、
湯浅氏が述べたのは、

「火曜の昼の一時すぎ、ここに来ている人々は、すでに人権・貧困に
ついて関心のある人々であり、ここで私が話しても、関心のある人を
一人も増やすことはできない。従って、聴衆の皆さんが講演後、
一人でも多くの人々に伝えやすいネタを話すことにするので、
是非、一人でも多くの人々に語って欲しい。」

ということだった。

以下、まとめてお伝えする。

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人権について語ることは、最近、避けられている気がする。
それは、語っても腹がふくれないから、
人権について語る講演会よりも、起業をどうとか、経済をどうとか、
そちらの方に、皆が関心を持っているから、ではないだろうか。

しかし、人権について語ることは、腹がふくれることなのだ、と言いたい。

例へば、介護離職。最新のデータで、一年間に介護離職した人は、
14万8千人。この5年間で50万人。この人々は誰のせいで離職したのだろう。

会場から「社会のせい」という声。

その通り。では、社会とは、誰のこと?

会場から「私たち」という声。

では、私たちのせいということになるが、私たちのせいと感じた
人がどれくらいいるだろうか。。。これは確かに、私たちのせいであり、
このような状態は「社会的排除」と呼ばれる。

これは、誰もが潜在的に、加害者であり、被害者であるそういう状態。
このような状態を引き起こすのは、介護離職、待機児童問題など、多くの
社会問題。

そして、この社会的排除によって、労働出来る人々が
働けなくなるのだから、社会的活力は減り、活動の総量が落ちてゆく。

社会的排除に対立する状態は、「社会的包摂」であって、これを
可能にするにはどうしたらいいだろう?

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ここまでも、ご自身のお兄さまが身体障害者であること、お母様がその
介護をしていることを例として話されていたが、ここで、お兄さまが
身体障害者として、30年近く、コンピュータのレイアウトの仕事を
ずっと続けてきたことを話された。

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人を障害者として認定する時、行政は何をもって障害者と認定するか?

会場から「何ができないか」という声。

そのとおり。しかし、社会的包摂を実現するには、「何ができるか」に
注目する必要がある。行政を含め、私たちは、「何ができないか」に注目する
ことには慣れているが、「何ができるか」に注目することには慣れていない。

例へば、地方の活性化を考える時、これまでは、公共事業と企業誘致が
中心だった。地元にないものに注目してやってきた。
首長は、いかに中央との太いパイプがあるかが問われた。

しかし、今は、ないものねだりより「あるものさがし」の時代。
地方にあるものは何なのか、首長は地元をよく知った人でなくてはならない。

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ここで、湯浅氏は、白神山地の非労働状態の若者100人の起業、
北海道の身体障害者の自立、シングルマザーの起業などいくつかの
例を話された。

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同様に考えてみよう。社会的包摂を実現するには、できることに注目し、
できることを発揮できるような人の見方、場所の作り方が必要だ。

皆さんには、その力を鍛えてほしい。

宿題を一つ出したいと思う。明日、学生たちと(現在、氏は法政大学教授)
岩手の被災地に行く。被災地では、さまざまなプログラムがあるが、
女性たちが多く参加しているのに、中高年の男性の不参加と孤立が
問題となっている。

彼らはアルコール、ギャンブルにはまることも少なくない。それが、DVを
引き起こしてもいる。どうしたら、彼らの力を引き出せるのか、考えて欲しい。

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湯浅氏は述べられなかったが、以下は氏の話から私が納得したことがら。

国から補助を受けている、いわば経済的にマイナスの状態の人々が、自ら
生産するプラスの活動を行い、全体が豊かになれば、介護に従事する
人々の賃金も高くなる。現在、17%の人々が一度は介護職に従事して辞めて
しまうのだそうだ。賃金が高くなれば、介護はいくらかでも充実し、
働ける人が離職せずともよい社会が実現するのではないか。
全体が豊かになれば、保育所も充実し、安心して子どもを預け、母親が
働けるのではないか。全体が豊かになれば。。。。

やはり、貧困と人権について語ることは、腹がふくれることなのだ、と
私も思った。


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